
金曜日はわま宅にてお泊り。
心境的にいろいろとありまして、このまま帰ろうかしらと思ったのだけど、せっかくここまで来たのだからと思って、横浜美術館。
見たい展覧会があったのよね。
森村泰昌。
なんだか気になる人。
気力が必要だけど、見たかったものを見ないと後で後悔しそうな気もしたから、力を出していってみることに。
そんなわけで、気分転換もかねて「美の教室、静寂せよ」展。

さっそくブランチ。
「美の教室、静寂せよ」展は、モリムラ氏の授業形式で進む展示。
だから、関連して、その展覧会限定メニューとして給食なのです。
ヤキソバパンとヨーグルトと牛乳。
11時ぐらいだったから、まだカフェには人もおらず、独占。
というか、横浜美術館ってステキ。
併設のカフェもおされカフェ的なんですもの。
近くに住んでいたらいつも遊びに来ちゃいそう!
そんなこんな、会場に入る。
壁が爆発したような穴が入り口で、そこで音声ガイドを借りる。
教室にあるような椅子と机が並び、腰掛けるとモリムラ先生のホームルームが始まるのです。
ああ、楽しい。
1時間目はフェルメール・ルーム [絵画の国のアリス]。
フェルメールの絵画をマネた写真を鑑賞しつつも、その絵の中に入り込んだような気分。
面白い!!
2時間目はゴッホ・ルーム [釘つき帽子の意味]。
ゴッホの帽子のフワフワが、絵だとどうもトゲトゲしく感じるっていうことで、釘つき帽子を作って被ってみるだなんて、素敵な発想!
すばらしい。
3時間目はレンブラント・ルーム [負け犬の価値]

4時間目はモナリザ・ルーム[モナリザのモナリザの、そのまたモナリザ]
ここでは自分もモナリザに「なる」ということで、実習です。
ひとりで試すのはちょっと恥ずかしいのだけど、楽しむためですもの、チャレンジ!と思い試してみた。
ちょっと恥ずかしいけども。
「あは、私、モナリザ」とか思いつつ穴から顔を出してみると、その目の前にはミラーがあるのです。
そのミラーには、逆さ文字で何かが書いている。
それを読む。

忘れ者人間は忘れる生き物である。あるいは忘れてしまわないと、生きてゆけない存在だともいえる。
虐殺があったことも、天変地異が起こったことも、埋め立てて新しいビルを建設してしまえば、すべて消え去る。未来が始まるとはそういう意味である。
私あhいつもまでも後ろ髪をひかれて、前に進めない。傾いた長屋の路地に、崩れかけた病院の壁に、乳母車を押す老婆に、「あんたもどこかに行ってしまうのかい」と、くりかえし呼び止められる。
5時間目はフリーダ・ルーム [眉とひげ]
フリーダ・カーロの映画って数年前に上映されていたけれど、眉毛が太い女性という印象しかなかった。
モリムラ先生の「ああ、フリーダってひとは、目の上に立派なヒゲを持った女性なんだと」という言葉にウケた。
「男らしさ」「女らしさ」の中間。
男でもなく女でもなく。
好きになった人が、「男なんて、半分女なのに」と言っていたのがよみがえった。
フリーダ・カーロの「折れた支柱」をモチーフにした≪私の中のフリーダ<支える力>≫に感動。
フリーダ・カーロの本物を見たいと思った。
自分の中の折れた支柱をギブスによって固定する。
そこまでして自分を支える自分。
男でもあり女でもある自分。
自分の中には男も女もあるけれど、自分を自分で支えるのは辛い。
原画の画集を横に見ながら、なんか悲しくなった。
6時間目はゴヤ・ルーム [「笑い」を搭載したミサイルの話]
悪ふざけとか思えない作品だけど、こんな感じで面白おかしい美術っていうのはありがたいものだ。
放課後はミシマ・ルーム
1970年の三島由紀夫の演説へのオマージュ。
芸術とはなにかと訴える。
この日は、モリムラ先生本人と小林康夫さんとの対談もあり、聞いてきた。
「放課後;校庭は宇宙の彼方へ/新作上映会」ということで、映像作品も見た。
1.ギ・装置M
マリリン・モンロー
2.銃を持つ私/ウォーホルに捧げる
ウォーホル
3.烈火の季節/なにものかへのレクイエム(MISHIMA)
三島由紀夫
4.なにものかへのレクイエム(人間は悲しいくらいにむなしい)
レーニン
5.なにものかへのレクイエム(独裁者を笑え)
ヒットラー
ヒットラーをモチーフした作品が一番笑えたし、感動した。
独裁者にはなりたくない。
独裁者とは、ある国の場合もあるし、ある言語の場合もある。
ある企業のこともあるし、ある宗教の場合もある。
私たちは、家族に対して、恋人に対して、友人に対して独裁者になっていないだろうか?
身近なところで独裁者になる可能性があるんだ。
そんなことを感じた。

そんなわけで楽しい展覧会でした。
ちなみに、図録をかねた本を購入。
あと、修了証書としてカンバッチももらった。

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